これまでの数回で、同じ状態を繰り返していた。
第7回では、テーマは出ているのに決められなかった。
候補を並べ、比較し、理由も確認したが、「これでいく理由」が最後まで残らなかった。
第8回では、情報を絞っていたにもかかわらず、仮説だけが増え続けた。
検索クエリを変え、視点を増やした結果、仮説は増えたが、どれも否定できなかった。
第9回では、複数の案の違いを読み解く必要が生じた。
一見似ている構成を比較し続けるうちに、判断は「選択」ではなく「解析」に変わっていた。
状況は違うが、結果は同じだった。
判断に進めない
そのたびに、同じ行動を取っていた。
「もう少し判断に使える材料はないか」
「別の視点を入れれば補強できるのではないか」
別のAIに聞く。
切り口を変える。
前提を変える。
情報は増えていく。
しかし、どの回でも、判断には進まなかった。
どのケースでも、材料は存在していた。
・複数のテーマ案(第7回)
・複数の仮説(第8回)
・複数の構成案(第9回)
それぞれに理由があり、成立している。
比較もできる。
それでも、どれを採用すべきかが決まらない。
「あと少しあれば決められる」
そう感じて、さらに情報を追加する。
しかし、
・仮説は増える
・選択肢は広がる
・比較は複雑になる
結果として、判断には入れないまま、リサーチだけが続いていった。
ここで、ひとつの前提に依存していた。
視点を変えれば、判断に近づくはずだという前提だった。
実務では、視点の変更によって判断が進む場面は多い。
例えば、
・売上不振を「商品」ではなく「顧客導線」で捉える
・広告の評価を「クリック率」ではなく「成約率」で見る
この場合、評価軸が変わることで、どこに問題があるかが特定される。
視点の変更が、選ぶための基準を生む
この感覚で、リサーチを進めていた。
しかし今回のリサーチでは、違うことが起きていた。
視点を変えるたびに増えていたのは、
・前提の異なる仮説(第8回)
・別の切り口のテーマ(第7回)
・異なる解釈に基づく構成(第9回)
だった。
どれも成立している。
しかし、どれも排除できない。
視点の変更が基準を生むのではなく、比較対象を増やしていた
ここで違和感が明確になる。
情報を増やしているのに、判断に近づいていない。
視点を変えているのに、整理されない。
むしろ、
・仮説は分岐する
・違いは細かくなる
・比較コストが上がる
結果として、 判断が遠のいていく
さらに、もうひとつの問題があった。
どこで十分とするのかが決まっていない。
検証できない仮説が残り続ける中で、
・どこまで調べるのか
・どの時点で止めるのか
その基準が存在していなかった。
ここで、もう一つの特徴が重なっていた。
AIは、問いに対して必ず何かを返す。
しかも、それぞれに理由が付与される。
そのため、
・仮説が棄却されない
・比較対象が残り続ける
・問いを投げるほど候補が増える
という状態になる。
判断条件がないままAIに問い続けると、棄却されない仮説が蓄積し続ける。
振り返ると、前提は一貫していた。
判断できないのは、情報が足りないから
そのため、
・視点を増やす
・外部の意見を取り入れる
・別の仮説を生成する
という行動を繰り返していた。
しかし、実際に欠けていたのは別のものだった。
どの仮説を採用するのか
何をもって妥当とするのか
どこで判断とするのか
そういった「判断の条件」が存在していなかった。
この状態では、
・すべてが検討対象として残る
・どれも否定できない
・優先順位がつかない
結果として、比較はできても、選択は成立しない。
ここでいう判断条件は、次の3つに分解できる。
・採用基準(どの軸で選ぶか)
・棄却条件(何があれば除外するか)
・終了トリガー(どこで止めるか)
この3つのいずれもが存在していなかった。
ここで前提が崩れる。
「判断できないのは、情報が足りないから」
しかし実際には、
・情報は存在していた
・視点も十分にあった
それでも判断できなかった。
理由は明確だった。
判断は、情報の量では成立しない。
条件があって初めて成立する。
条件がない状態では、
・情報を増やすほど比較が増える
・比較が増えるほど処理が重くなる
・処理が重くなるほど決められなくなる
さらに、終了トリガーが存在しないため、「どこで止めるか」が決まらない
この時点で、リサーチが止まらない状態は、
判断条件の欠如の一部として説明できる。
第7回:選択肢はあるが決められない
第8回:仮説は増えるが検証できない
第9回:違いはあるが処理できない
これらは別の問題ではなかった。
共通していたのは、判断条件が存在しない状態
その結果、
・視点を増やしても収束しない
・リサーチが止まらない
・選択肢だけが増え続ける
という構造が生まれていた。
この状態は、
「情報不足」ではなく、判断条件欠如による探索の無限化と整理できる。
今回見えていたのは、迷走の現象ではなく、その構造だった。