前回、私はこう書いて終えた。確認の手段はもう配られている。でも、その手段に意味を与える問いは、まだ誰も配ってくれない。AI検索に引用されるための問いも、結局は当事者にしか立てられない、一次情報そのものだ、と。
その続きを書く前に、自分でやってみるべきだと思った。問いは当事者にしか立てられない、と希望をもって言い切った以上、まず自分が当事者である領域で、実際に書いてみる。そうしないと、ただの威勢のいい結論で終わる。
私には、二十年いた業界がある。半導体だ。技術者としてではなく、広報とマーケの側から見てきた。ならば、ここでなら書けるはずだった。
——先に言っておくと、これは半導体の話に見えて、半導体の話ではない。需要を確かめ、競合を測り、評価軸をずらし、自分が答えられるかを問う。この手順を踏むと、たいていの人が同じ壁にぶつかる。あなたの業界でも、たぶん同じことが起きる。その壁の正体を、自分の失敗で確かめた記録だ。
書きたいから書く、では引用されない。これは前回までの観察ではっきりしている。AIは記事を一本まるごと「いい記事だ」と評価して引用するのではない。客が立てる問いを部品に分解して、各部品に答える素材を集め、回答を組み立てる。だから、自分の持っているものからではなく、客の問いの側から逆算しないといけない。
手順はこうだ。まず、需要が実在するかを確かめる。次に、その問いの競合密度を測る。すでに大量の記事が答えているなら、後から入っても埋もれる。そのうえで、需要を保ったまま評価軸を少しずらし、競合の薄い一点に絞る。最後に——その一点に、自分が当事者として答えられるか。
この四つ目が、本当の関門になるとは、まだ思っていなかった。
正しい手順だと言った以上、一番ど真ん中から始めるべきだった。半導体の、本当の客。製品を買う側だ。製造業の、企画開発や購買の担当者。彼らが立てる問いから逆算しよう、と思った。
ところが、早々につまずいた。
彼らが本当にAIへ投げる問いは、たとえばこうだ。「この温度範囲で使える推奨機種と、いまの供給状況を教えて」。「この型番の代替部品と、そのリスク——性能差、寿命、認証——を一覧にして」。
どれも具体的で、重い。一つひとつに誠実に答えるには、刻々と動く需給や型番に追いつき続ける、生きたデータベースがいる。私が個人で、小さく書いて試せる範囲を、完全に超えていた。
客の問いは、正しい。正しいけれど、重すぎた。これを外側の壁と呼ぶことにする。
それなら、と一歩引いた。買い手の問いが重すぎるなら、もっと自分の足元へ振ればいい。二十年いて、私が肌で接してきたものは何か。広報やマーケの立場で、採用の啓発に間接的に関わったこともある。イベントで学生と話したこともある。業界に人がいない、という話は、ずっと耳元にあった。
人材だ。半導体業界と、人。ここなら、客の重い問いほど遠くない。題材は、天から降ってきたのではない。重い問いから退いた者が、自分の足で歩いて着いた場所だった。
人材と進路、と言ってもまだ広い。ここから、評価軸をずらした。
おそらく人気が高いであろう、AIモデルそのものを作る話。それを支える基盤としての半導体に、まず注目した。でもそこは、半導体の中でもっとも注目度が高い領域だし、まだ広い。NVIDIAやGoogleのような超大手の話は、すでに多くの人が書いている。だから一段ずらして、企業名ではなく工程で見る、国内の、研究職以外の入口、という一点に絞り込んだ。
絞り込んだ問いは、こうなった。AIに関わりたい電子情報系の学生。でも、AIモデル開発の第一線で勝てる自信はない。それでも、AIを支える基盤産業に関わる道はないか——という進路の問い。
需要はある。競合は薄い。一段のずらしで、競合の薄い交差点まで来た。ここまでは手応えがあった。
——念のために書いておくと、このずらしには裏の代償もある。競合から逃げるほど、本来届けたかった相手からも、少しずつ逃げる。問いを細くするほど、それを実際に口にする人の数は減る。ただ、これは本題ではないので、一度だけ触れて先へ進む。
問題は、その次に起きた。
買い手の問いは重すぎた。逃げた先の、この絞り込んだ一点でなら、今度こそ書けるはずだった。ところが、ここにも別の壁が待っていた。
書ける、と思っていた。AIと半導体の接点なら、地図くらい描ける。実際、地図の枠は描けた。
AIに関わる仕事は、モデルを作る仕事だけじゃない。AIを動かすには計算資源がいる。それを支える半導体がいる。設計、製造、検査、評価、品質、実装、電源、冷却。工場の中ではデータ解析や生産最適化が回っている。顧客の用途に向き合う技術営業やFAEもいる。会社の製品サービス概要にAIと書いてあるかで見ない方がいい。AIを支えるどの工程に関わっているかで見ると、入口は広がる——この見取り図は、すらすら書けた。
そして、そこで手が止まった。枠は描けるのに、各マスの中身が、書けない。
これが、外側の壁の次に来た、二つ目の壁だった。
検査の仕事は、具体的にどんなデータを、どう触るのか。歩留まり改善の現場では、どんなばらつきと格闘しているのか。そのマスを埋める、固有の事例。具体的な数値。現場の手触り。それが、私の手元にない。
なぜか。私は技術者ではないからだ。私が立っていたのは広報やマーケの側だ。工程を横断して、AIとの接点がどこにあるかを見渡す——その視点は、確かに持っている。たいていの人は、自分のいる一つの工程しか見えない。隣の領域は、同じ半導体でも別世界だ。それをまたいで全体を見渡せるのは、横断する立場にいた者の、希少な一次情報だと思う。
でも、希少な視点それ自体は、引用される部品にはならなかった。AIが拾うのは、回答に差し込める具体だ。地図の枠ではなく、マスの中身だ。私が持っているのは枠で、中身は技術者の手の中にある。
希少な視点を持っていることと、引用される素材を持っていることは、違う。これが、引用可能性の壁だ。
壁は、もう一つあった。三つ目だ。
仮に、各マスの中身を埋めようとする。検査の当事者に聞き、装置の当事者に聞き、材料の当事者に聞いて、全部を一枚の地図にする。それは、一人ではできない。本当に引用に値するキャリア情報にするには、設計、装置、材料、評価、実装——それぞれの当事者の知がいる。一人の経験では、すべてを代表できない。
つまり、価値のある一次情報は、一人の中に丸ごとあるわけでも、一枚の記事に最初からまとまっているわけでもなかった。複数の当事者の知を、横断して、つなぎ直さないと、引用可能な一枚にならない。
ここで、腑に落ちた。なぜ、価値ある一次情報は眠ったままなのか。それは、一人の中にも、一枚の中にも、最初からは存在しないからだ。誰かが横断して、棚卸しして、つなぎ直さない限り、形にならない。だから眠る。だから、希少なのだ。
では、つなげばいい。当事者を集めて、知を持ち寄って、一枚にすればいい——理屈ではそうなる。でも、これが重い。
間に調整役の業者を入れたとしても、結局は中の人の協力がいるし、全員が同じ目線で同じゴールを見ていないと、ばらばらの断片が集まるだけになる。そして、組織が大きいほど重くなる。部門が分かれ、間に壁があり、それぞれが別の言葉を話している。横断してつなぐコストは、規模に比例して膨らむ。
ここまで書いて、少し気が滅入った。希望をもって「問いは当事者にしか立てられない」と言い切った前回の自分に対して、現実はずっと手強かった。外側の壁で本丸から退き、退いた先でも引用可能性の壁と、一人では一枚にならない壁が待っていた。問いは立てられた。でも、その問いに答える一次情報は、自分の中にも、手の届く一枚にもなかった。
しばらく考えて、見方が変わった。
統合が重いのは、大きい組織の話だ。部門が分かれ、間に壁がある——その分断こそが、横断を重くしている。小規模なら、その分断が、そもそも浅い。
一人や二人で全部を見ている事業者なら、検査も品質も顧客対応も、同じ頭の中に、すでに地続きで入っている。横断する相手が、最初から少ない。大企業が何ヶ月もかけて調整するものを、小さい現場は、もっと短い距離でつなげる。これは、不利ではない。むしろ、有利だ。
——ただ、一人だから楽、という話ではない。頭の中にあるものを引っぱり出して、客の問いの部品につなぎ直す棚卸しのコストは、ちゃんと残る。地続きであることと、それが言葉になっていることは、別だ。それでも、出発点としては、小さい方が圧倒的に身軽だ。眠っている一次情報を起こすのに、何ヶ月もの部門調整はいらない。自分の頭の中を、棚卸しすればいい。
掘るべき一点が何か、その答えは、まだ出ていない。地図全体を一人で埋めるのは、無理だと今回わかった。でも、地図全体じゃなくていい、とも思った。
私が当事者である一マスがある。技術と顧客課題の間に立つ仕事——マーケターの目から見た、AIとの接点。検査の中身は技術者にしか書けないけれど、「顧客のニーズや課題が、半導体のどういったソリューションにつながるのか」を見てきたのは、私の側だ。そこなら、地図の枠ではなく、マスの中身を、自分の手で書けるかもしれない。
地図を全部描こうとして手が止まったなら、自分が立っている一マスまで、絞ればいい。希少な視点を、引用される具体に変えられる可能性があるのは、たぶんそこだ。
次は、AIを触媒にして、商品開発の道具を転用してみたいと思っている。
一人の実在する客を深く掘る。その客が片付けたい用事は何か。その悩みと、自分が差し出せる価値が、どこで交差するか。商品をつくるときに使う、あの考え方だ。それを進路の記事に持ち込めば、頭の中で地続きになっている一次情報を、客の問いの部品に当たる形まで、切り出せるかもしれない。うまくいくかは、わからない。これもまた、n=1の試みになる。
ただ、今回はっきりしたことが一つある。眠っている一次情報が眠ったままなのは、価値がないからではない。一人の中にも、一枚の中にも、最初から完成形では存在しないからだ。希少だから、眠っている。眠っているから、起こせば、まだ誰も書いていない一枚になりうる。
起こす作業は、重い。でも、小さい現場ほど、その重さは軽い。
これは、半導体の話でも、学生向けの話でもない。あなたの業界でも、たぶん同じだ。客の問いが重すぎる。枠は描けるのに、中身がない。一人では、一枚にならない。その壁の前で手が止まったとき、引き返さずに、自分が立っている一マスまで絞れるかどうか。
それが、AIが書く時代に、それでも人が書く意味の、入口なのだと思う。今のところ、そう考えている。